第5回:ルールをブラッシュアップする

道場リポート

2018年8月18日15:30〜17:00

やったこと

01 導入
02 進行状況確認
03 講義:テストプレイでの人の意見に流される問題について
04:ゲーム紹介『ツギハギ探偵団』
05:『はっけよいゲーム』を例に面白さをブーストする方法
06:質疑応答
07:今後の予定
08:テストプレイ&個別相談会

01 導入:チェックリスト配布

ゲームルールをブラッシュアップするためのチェックリスト表が配られた。

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「この講座やってていっつも思うんだけど、半年のなかで後半になればなるほど、もう、各自作るしかないんだよね。それぞれ方向性の違うフレッシュなものを作ってるからね。共通で教えられることがなくなってくるなー」

83項目のチェックリストは網羅的。ありとあらゆるゲームに対して、米光さんが思いつく限りのことが項目化されている。なのでそれぞれが作っているゲームにとっては必要ない項目もある。すべてではなく、いくつかが効く、という意識で見てもらう。

当初の予定は、前半がチェックリストの解説、後半がテストプレイだった。しかし、それぞれ刺さるポイントが違うこともあり、チェックリストについての質疑応答が白熱。とくに、「ゲーム性を作るのゲーム性とはなにを指しますか?」という質問に対して米光さんが熱く語る語る。

02 進行状況確認

《ゲームとして回らない》
1:アイデア
2:作ってみた
3:やってみた
4:おかしいところをなおす
《ゲームとして回るがおもしろくない》
5:ゲーム性を作る
6:プレイしやすくする
7:おもしろくする
《おもしろくする》
8:よりおもしろくする
9:仕上げる

の9段階で、いまどこいるかを確認。
5、6あたりがボリュームゾーン。もやもやして、一から作り直したい人もいた(私だ)。

03 講義:テストプレイでの人の意見に流される問題について

ステイタス9段階を、なぜ《ゲームとして回らない》《ゲームとして回るがおもしろくない》《おもしろくする》の3つに大きく分けているのか。それは、テストプレイをどうやっていくかに関わってくる。

《ゲームとして回らない》段階は、人を呼んでテストプレイする段階ではない。やるとしても「ちゃんとゲームとして回るかどうか」の確認としてやり、改善していく。

「つまりね、自分が作りたい方向性がクリアになっていないときに、なんとなく作ったものをテストプレイしてもらって、結果人の意見を受け入れると、自分が作りたい方向じゃないほうに行っちゃうんで」

この段階では、まだ人の意見は聞かなくてもいい。

《ゲームとして回るがおもしろくない》段階は、人に意見を言ってもらってもいいが、それを受け入れるかどうかには検証が必要。プレイヤーは制作者がどのようなものを作りたいか、どういったものを目指しているのか、知らないでものを言うからだ。

「プレイヤーとくに知識のある人は往々にして、「こうすればゲームとして成り立つよ」というアイデアを言いたくなる。他のゲームの仕組みを知っているから、そのメカニクスに乗っかるとうまく回ることがわかるから。それって面白いかどうかとはまた違うわけであり、けっこう罠で」

意見は、第3回で作った完成予想図シートを参照し、自分の作りたい方向性と合致しているか検証してから受け入れないと危険である。

「人の意見をかんたんに受け入れることによって、どんどんずれていって、凡庸なゲームになってしまう。堕落してしまう。講座で作ってる人にも、そういうケースがけっこうあるのではないか」

この段階はまだ、ひとの意見を取り入れるより、プレイしている様子を観察した上で自分の頭で改善案を考えていくほうがいい。

《おもしろくする》段階、ここまで進むと、やりたいことがぶれない。色んな人にとって遊びやすいゲームにするために、どんどん意見を取り入れたほうがいい段階だ。
「カードにポイントの表があったほうがわかりやすいよ、とか、縦に重ねて並べることが多いから上に情報入れたほうがいいよとか、工夫ポイントが見えてくる。この色だと見えづらい、とかね」

04:ゲーム紹介『ツギハギ探偵団』

チェックリストの解説も兼ねて、「さっきもらったから」と『ツギハギ探偵団』を紹介。
ゲームデザインは道場生のYasushi Kato。ゲームづくり道場で制作した。

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Yasushi Kato本人がゲームについて説明する。
「事件をどんどん書き換えながら物語を作っていきます。人物カード、動機カード、兇器カードがあって、「誰が」「誰を」「どんな方法で」「なぜ殺したか」の4枚が場に並べられています。各自カードを1枚、どこかに置いて、上書きしていく。最後は事件の詳細を語り、面白いことを言えた人と、辻褄が合っていた人をたたえておしまいです」

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各自のアイデアが混ざっていきカオスな方向にいく集団創作ゲームだという。

マンガ家あやめゴン太による紹介マンガ

「『ツギハギ探偵団』の面白さはブラッシュアップのチェックリストでどこに当たるんだろうって考えて、あーそれ抜けてるなって気づいたの。このゲームのすばらしいところのひとつは、モチーフに対する親しみを増幅させるところ」

童話など、もっと広いジャンルでの物語作りゲームなら他にライバルがいる。しかし『ツギハギ探偵団』はミステリーに特化している。出すカードは、犯人と被害者と兇器と動機で、ミステリーに合致した仕組みになっている。

「カードのワードも、古典ミステリを想起されるようなものが選択されている。ミステリー好きならニヤニヤしちゃうようなね。モルグ街か、とかね」

ストーリーテリング系や大喜利系のゲームはセンスが出てしまうから、嫌がる人もいる。しかし『ツギハギ探偵団』は、ミステリー好きなら、古典ミステリに乗っかれる感があり、モチーフに対する親しみで気軽に参加することができる。

しかもミステリーにはどんでん返しが多い。物語がどんどん変わっていくというゲームの仕組み自体が、モチーフと一致している。

「強引などんでん返しに笑ったり呆れたり驚いたりっていう醍醐味が、ゲームのなかで再現されてるの。モチーフ一致感めちゃめちゃある。モチーフに対する親しみが増幅できるとゲームっていうのはおもしろくなるんだなあーと改めて思った」

05:ゲーム紹介『はっけよいゲーム』

「チェック項目いっぱい書いてるけど、このなかで3つぐらい特化しておもしろくできているとおもしろいゲームになります。とくに右側の《以下のおもしろさの芽は大きくできないか?》の欄は、1、2個選んで、このへんを増幅できないかがっつりやってみようって考えるといい。いま作っているゲームのなかで、自分がおもしろくしたい部分はどこなのか? そのポイントを絞るために項目出しをしていると思ってもらえたら」

おもしろくしたい部分を増幅させた例として、講座でもプレイした米光さん制作の『はっけよいゲーム』を例にして解説。

《項目:イッキ:たくさん手に入る・捨てられる》
それぞれの掛け声カード「はっ・け・よ・い」の1枚目を出したときは1枚取れる。2枚目を出したときは2枚取れる。3枚目は3枚イッキに取れる。。

《項目:リミット》
掛け声カードの価値はインフレしていくが、出せるのはそれぞれ3枚まで。3枚出されたとたんに価値が暴落する。
「プレイヤーとしてはギリギリまで待って出したいが、待ちすぎると価値がゼロになる可能性もあるから、ここでちょっとドキドキするわけですな」

《項目:価値の変化》
たとえば、おなじ「はっ」カードでも、出すタイミングによって価値が変わってくるし、場に出ているカードも、すでに何枚出てるか等で価値が変わってくる。

《項目:推理ができる》
ポイントとなるのが「情報がどこまで開かれているか」。
情報には、「自分だけの情報」「全体に公開されている情報」「推理できる情報」の3つあり、「推理できる情報」は、確率的に推理できる情報と確定されている情報の2種類に分かれる。

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はっけよいゲームは、最初の手札は「自分だけの情報」。プレイヤーによって情報が変わってくる。場札は「全体に公開されている情報」、場から取って手札にしたカードも覚えていれば分かる。「はっ」「け」「よ」「い」のカードの枚数はそれぞれたいした枚数ないから、状況が進むと、だいたい推理ができるようになる。

「情報格差が生まれるから、プレイヤーによって推理のしかたが変わってきます。だから最適解のプレイをするひとたちが揃っていたとしても、プレイのしかたが変わってくる。プレイの場がただひとつの方向に向かっていかないので、ゲームとしてプレイが成り立つ」

《項目:モノの数を減らせないか?》
「はっ」が18枚あったら、面倒でカウントしていられない。覚えるコストが高いとつまらないゲームになってくる。

他に《項目:最初の人が有利になりすぎていないか?》《項目:集める》《項目:インフレ》《項目:作戦を立てられる》等で具体的な解説があった。

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06:質疑応答

「トッピングルールとはなにか?」
「ゲームを作るときに、第一回のトランプゲームで作ったような、やみくもにいろいろ変更して試すところから、こういう方向で作ろうって切り替えるタイミングはいつか?」
「ゲーム性を作るのゲーム性とはどういう意味か?」
「アタックってなんですか?」
「モチーフを明るく表現できないか、とあるのはなぜか?」
「覚えている時間が離れないようにできないかとはどういうことか?」
「奇跡ってどうやったら起こせるんですか?」

という質問があった。

07:今後の予定

ゲーム文学全集制作発表会を10/27(土)13時より五反田で行う予定。
(詳細が決まり次第こちらでも告知します)。

販売はゲームマーケット2019春になりそう。

通しナンバーをどうするか、印刷する場合、カードサイズはポーカーサイズとブリッジサイズはどっちのほうがいいのか。どう違うのか。価格はどうするか。目録がほしいね、と、具体的な話で盛り上がる。
さらに今後の展望として、なにかイベントやりたいね、文学フリマに参加するのもアリかも?、書店で売ることも可能? と話が広がったのだった。

08:テストプレイ&個別相談会

ここでタイムオーバー。その後のゲーム会の時間を利用して、テストプレイと米光さんへの個別相談が行われた。

(テキスト化・与儀明子)


それぞれの視点から

太宰治の「富嶽百景」をモチーフに大喜利系ゲームを作っています。私たちも太宰治みたいにいろいろな表現で富士山をほめたりけなしたりしてみよう、という試み。プレイコストを下げるべく、お題カードの趣向を変えて持っていったところ、「前よりも参加のハードルが上がった!」「イメージつかないからやりにくい!」との声。うーむ。演劇的要素を入れて、「IT社長風に」「村の長老風に」「JK風に」などとやってみたのですが、みんながその言葉に対して持つイメージはけっこうバラバラ。(その違いを面白く利用する手もあるとは思うのですが)みんながわかりやすく同一のイメージを持てるお題の選択が難しい。自分では老若男女の共通認識だと思い込んでいた「北の国からの五郎風に」「いとしのエリーのメロディにのせて」も世代によっては知らないと言われてしまう始末。「普遍性」や「文化」とは何なのか、考えさせられました。(生まれ育ちによって全然違うものですね。)あとは、どこまで自由演技にするか、台詞もある程度具体的に指示した方がやりやすくなるのか。そのへんの塩梅をもうすこし考えねば、と思いました。

(たかたむぎ)


今回はパッケージ化に関する質疑応答や軽い話し合いも行われ、そこではアナログゲームづくり初心者の自分には「なるほどー!」となる内容が多かった。自分だけではネットを駆使しても気付けなそうなところであり、米光先生のみならず多くの先達たる仲間もいるこの環境は、実にありがたい。

さて、これは楽しそうだという根本的なルールが先月できたと思いきや、テストプレイを重ねると、しっかり難点が浮かんできた。今回講義後のテストプレイで助言をいただき、ルールを大幅に変えてゲーム性(これも今回のキーワード)は高めつつも、もたせたかった楽しさは維持させることができる見込み。

結論、ご協力ありがとうございます!

(中村維案)


自作品的には欠点を再確認した日だ。けれど「この2体さえ倒せばひとまずゴール」という感触はあるので、地道に案を出すしかない。座学では、ゲーム内で「奇蹟を起こす」話が印象的だった。要するに、確率と試行回数と「お膳立て」の技法だと理解した。以前、桝田省治か誰かの本で、野球の九回裏の逆転は偶然か否かという問いがあったが、点差の分布、選手の疲れさせ方(どうみても投手と守備側が不利)など、じつはルールに依るものが大きい。とはいえ、残り1回なので、講座内ではいわゆる“一階のルール”が固まって終わりというところだと思う。それから文学モチーフだとグラフィックやフレーバーでかなり感じが変わるので、そこも道筋をみつけておきたいし、いずれは高井さんの『ツェねずみ』のような、コンポーネントありきのつくり方も試してみたい。作り方もさまざまで、それはかなり作品の地層に影響することが、講座にいるとよくわかる。

(Yasushi Kato)


今回、特に印象に残ったのは、「ゲーム性」についてです。
「ゲーム性とはインタラクションとルールとジレンマである。
インタラクションとはアクションからリアクションからさらにリアクション….のループ構造である。
インタラクションが続けば続くほどハマっていて、現実を忘れて向こう側から帰ってこない面白いゲームである。」
ちょっと違うかもしれませんが私はそう理解しました。
ゲームをスッキリと言語化してもらえてなんだか心が軽くなりました。

こころを題材にした自分のゲームは、「ゲームが回ってちょっと面白い」という段階にきました。
もうひと盛り上がりが欲しい!と思いつつも焦らずにテストプレイを100回しようと思います。
多く見積もってもまだ10回くらいしかできていません。
米光さんに「テストプレイ100回はルールを変えたらリセットで1からですか?」とお聞きしたところ、
「ルールがある程度固まってから100回で良いと思うが、理想はルールを変更してから100回できたらやりたい。
はっけよいもルールを変えてから100回テストプレイをすればルールの穴の発見ができたでしょう。」
ということでした。
引き続き100回プレイを目指します。

(山屋健)


テストプレイの感想です。

私が参加したゲームは神経衰弱をアレンジしたものでした。受講生3人でテストプレイをしてみると、わ・・・おもしろい!ほぼ完成されている気がする!ただ、覚えないといけないことが2種類あるのがつらいね、開かない方が有利な場面があるのもアレだね・・・という感想を持ちました。と、そこへ現れた米光さん。

「試しに、1回につきオープンできるのは1枚にしてやっていい?」「開いたカードは戻さないでそのまま」「カードが当たったら続けてやる」「取ったカードで●●●●がそろったら負け、じゃなくて勝ちにしてみようか」・・・などなど、次々と変更案が繰り出されます。少しの変更でゲームのうねりがぐぐぐと変わる瞬間があって、ちょっと感動。無性に大声を上げたくなりました。ひとのテストプレイっておもしろい(自分のは結構つらい)。

(高石薫子)


「ひとの意見をむやみに聞くことで、やりたい方向からズレて凡庸になっていってしまう」という話に、わ、わたしのことかーーーー! と叫びたくなった。
自分がゲームに詳しくないから、ひとの話を素直に取り入れたほうがいいものになると思ってた。依存してた。ひとに型にはめてもらいたがって。
そうなんす、米光さんの言うとおり、私が楽しくないと感じるゲームにどんどんなってたんです。
まずは、私が楽しくなくっちゃ。わくわくしたい。
というわけで、次回が最終回なのにとても恐ろしいことですが……、1から作り直すことにした!

そのために越えなくちゃいけないハードルの第一歩。それは、第1回とか2回に配布されたプリントを部屋のどこかから発掘すること。ハードル低いって思った? 私にはめっちゃ難関なんすよ!
こんなときに役立つのがこのゲームづくり道場通信。
記録が残ってるってすばらしいなあー。
復習しほうだいだね。やりなおす!

(与儀明子)


道場主からひとこと

アナログゲームはルールを修正して試してみることが簡単にできるので、あれこれやっていくうちに、まとめる方向に意識が向かって、そのため凡庸なものにななったりする。それこそ「何かのゲームと似てきた」「どこかでやったことがある」「ただモチーフが違うものになってるだけだ」なんてことになる。
凡庸でもいいじゃないか。という意見もあるだろうが、遊ぶのであるならフレッシュなものを遊びたい。
おもしろくするときに、「最初に書き込んだコンセプトシートを見直して、そこを目指すことを忘れないことが大切だ」というのは、凡庸に閉じてしまうことを回避するためだ。
コンセプトシートには、コンセプトが、想像したプレイした人の声が、遊びの雰囲気が、記されている。そこに、独自性があれば(あるから作ってみようと思ったわけだろうから)、そこを頂上として登っていけばいい。
アナログゲームはルールを修正して試してみることが簡単にできるがゆえに寄り道したりしがちだし、その試行錯誤が大事だ。が、途中で、ここを頂上にしてまとめてしまおう、ってなるともったいない。
だからこそ、最初に脳内に浮かんだゲーム像を忘れないようにすること(ちゃんと紙に書いて、何度も見直すこと)で、目的地を見失わないでいられるんだと思う。

(米光一成)

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